スペイン人を『活かす』仕事の仕方 (その1)

その1

スペインに駐在員として赴任し、仕事をする中で、あなたは本当にスペイン人の力を引き出していますか?それとも、スペイン人の力を引き出すことが出来ないどころか、「殺して」いませんか?と言うのも、駐在員の方々から良く聞くフレーズに、「仕事以外では良い奴らだが、仕事ではダメだ」があります。口には出さないまでも、そう感じている駐在員の人が結構いるのではないでしょうか。しかし、本当に、そうなのでしょうか?本当は、「スペイン人の力」を引き出していない、引き出せていない、のではないのでしょうか?そうは、考えられませんか?

もっと具体的に言うと、現在、日本では『働き方(仕事のやり方)改革』が、政治的にも取り上げられ、『働き方(仕事のやり方)』を見直すことが時代の要求として認識されているのに、あなたは、日本的な仕事のやり方をスペインでもそのままやり続けていませんか?また、あなたがやり続けるだけでなく、スペイン人にやらせよう、ないしは、やってもらえないかと期待していませんか?と言う問い掛けです。

結論的に言えば、ほとんどの駐在員の方々は、『日本的な働き方(仕事のやり方)』をスペインでもやり続けています。また、そのままやり続けているだけでなく、結構な数の人が、意識的に、あるいは、無意識的に、スペイン人にもそんな駐在員のやっている『日本的な働き方(仕事のやり方)』を求めていると言えます。最近は少なくなってきましたが、「仕事も終わっていないのに、時間が来たら帰りやがって」とか、「マネージャーのくせに、帰りが早い」とか、駐在員の人が愚痴るのを良く耳にして来ました。まさに、『日本的な働き方(仕事のやり方)』を求めているからこそ、出てくる言葉です。確かに、現実として、駐在員の方々は、日本(本社)から派遣されているので、『日本的な働き方(仕事のやり方)』をスペインでも強いられています。そして、多くの駐在員の方々に見受けられる態度が、「(スペイン人と)一緒に仕事をする」ではなく、「使う」ないしは「教える」と言う態度なので、その延長線上で、スペイン人にも、『日本的な働き方(仕事のやり方)』を求めてしまうのも、当然のことなのかも知れません。しかし、問題は、『日本的な働き方(仕事のやり方)』をスペイン人に求めれば、求めるほど、スペイン人の力、そして、良さを「殺して」しまうと言う弊害を発生させていると言う事実です。

それでは、なぜ「スペイン人に『日本的な働き方(仕事のやり方)』を求めると、スペイン人の力、良さを殺してしまう」のでしょう。この点を理解するためには、まず、日本の現状を見つめ直す必要があります。

ある駐在員の人が、「昔の開発機種数に比べて、今の機種数は半分以下に減っているのに、昔以上に残業、休出をしても、仕事が片付かない、不思議だ」と首を傾げられていました。つまり、仕事のOutputとして生まれる「機種」の数(量)は減少しているのに、その少なくなったOutputのために仕事をする時間が増えている事実に直面し驚かれて発せられた疑問です。単純に考えれば、1機種を開発するために費やす仕事時間が以前に比べて増えているからなのですが、増えた仕事をする時間で1機種の付加価値が上がっているかと言うと、そう言えないので、この方は「ため息(疑問)」をついたのだと思います。同じようなことを、皆さんも感じていませんか?つまり、今、日本では、「付加価値の上がらない」仕事が増えていると感じることはありませんか?

「付加価値」が何かの議論はさて置き、もっと簡単な身近な例を出せば、例えば、会議資料を何度も作り変えさせられた経験をお持ちだと思います。作り変える動機は、大抵、プレゼンとしての会議資料の「精度(質)」を向上させるためですが、資料の中に書かれているアイデアの価値そのものを高まめるために行っているとは必ずしも言えない変更だらけと感じたことはありませんか?また、「もしも」、「もしも」で、色々なデータを用意させられた割には、プレゼンにはあまり使われてないと言う経験をされたことはありませんか?つまり、現在の『日本的な働き方(仕事のやり方)』は、この例に示されるように、資料の「資料としての精度(質)」を高めるための仕事に時間と労力を費やすやり方です。思い当たりませんか?ただ単に、「言葉(表現方法)」を言い換えるのに、何人もの人が、何時間も掛けている現実を見ていませんか?

それでは、なぜ、今、日本では「付加価値の上がらない」仕事が増えているのかを考えてみたいと思います。

色々な原因が存在するとは思いますが、原因の一つは、日本人の心配性気質に関係していると考えます。以前にもこのブロッグで書かせてもらったことですが、日本人の強みは「小さな違い」でも見逃さない洞察力です。その洞察力は、日本語と言う特殊な言語で育つことによって身に付いた「強み」で、日本文化を作り上げています。この「小さな違い」への「心配」が「気遣い」になり、「気遣い」が「思いやり」になっている文化に支えられ、企業活動では、お客様に配慮した「質」の高い製品やサービスが提供できるようになったのが日本企業です。しかし、この「心配」に基づく「思いやり」が、『お客様』に対してと言うよりも、現在、『組織』に対して向けられるようになってきている傾向が見受けられます。『組織』が拡大すると共に、『管理』が強調され過ぎるようになり、間違いや失敗を心配するあまりに、人(他人)の考え方を『理解する』より、人(他人)の考え方を『吟味(あら探し)』することで、組織(仕事)を『管理』しようとし出したのが日本企業です。そのため、各階層の管理監督者が自分の心配事を潰すことに専念し始め、アイデアの良さを助長せるのではなく、次のレベルでアイデアが少しでも「指摘」を受けないように気遣う仕事のやり方になってしまっています。例えば、上述のプレゼンする会議資料を何度も書き換えるのは、提案されている、ないしは、説明されているアイデアの「質」を高めるために行われるのではなく、次の段階の管理監督者に分かり易く資料を変えるため、つまり、プレゼンの「質」を高めるために、多くの労力と時間が費やされていると言える例がたくさんあります。別の言い方をすれば、『管理』の名の下、管理責任を問われるために、管理監督者は、部下の意見を尊重する(部下を自由に働かせる)よりも、より自分の考えを通す傾向が強くなっており、プレゼン資料の言葉尻や表現方法ですら、『理解』ではなく、『心配』を優先し、変えさせるため、多くの時間と労力がそのために費やされる結果となっています。思い当たりませんか?これが、現在の『日本的な働き方(仕事のやり方)』の真相ではないのでしょうか?

要約すれば、『日本的な働き方(仕事のやり方)』は、「小さな違い」に気付く洞察力を基盤にして、『心配』を取り除き、仕事を進めるやり方ですが、現在、『管理』が強調され過ぎているために、組織を見過ぎる傾向にあり、付加価値を生まない仕事が増えていると言えます。日本人は、勤勉なので、こんな『日本的な働き方(仕事のやり方)』でも、増える仕事量も、犠牲を払いながら、こなし、仕事の成果を出して来ています。日本人だからこそできることです。

こう見てくると、『日本的な働き方(仕事のやり方)』をスペインですることも、スペイン人に求めることも、『適切ではない』ことが一目瞭然に分かると思います。このブログの別のレポートにも書きましたが、スペイン人の『強さ(良さ)』は、「小さな違い」に気付く洞察力ではなく、「小さな違い」に惑わされずに直感的に物事の本質を見抜く力です。ですから、「小さな違い」の気付きから芽生える『心配』が見えるはずがありません。『心配』が見えないと取り除くことは、当然のことですが、できません。いくら『管理』が強調されても、『心配』が見えないので、対処しなければならない仕事も見えないのです。そんなスペイン人に、『日本的な働き方(仕事のやり方)』を見せて教えようとしても、学んでもらえるはずがありません。また、そんなスペイン人に、『日本的な働き方(仕事のやり方)』を求めてもできるはずがないのです。更に、そんなことをすると、スペイン人の力を引き出すどころか、「殺して」しまうことになります。なぜこのレポートの初めに、「スペインに駐在員として赴任し、仕事をする中で、あなたは本当にスペイン人の力を引き出していますか?それとも、スペイン人の力を引き出すことが出来ないどころか、「殺して」いませんか?」と尋ねたのは、このレポート読まれている駐在員の方々にこの点を振り返ってもらいたかったからです。

(その2に続く)

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