現地人が駐在員に求める3つの姿勢 – 1.その国(駐在地)を愛してほしい、好きになってほしい。

まず、第一に現地人が求めるものです。

『その国(駐在地)を愛してほしい、好きになってほしい』と言う気持ちは、日本人でも同じだと思います。いや、もしかして日本人の方が、その気持ちは強いかも知れません。ある意味では、日本は、世界中で一番「他人を気にしている」国であり、そして、日本人はそんな国民なので、この現地人の気持ちは良く理解できるはずです。

その気持ちを理解した上で、まず注意しなければならないのは、日本人の場合、『日本を良く思ってほしい』と強く思うのと同時に、日本を分かってもらうことはとても難しいことだと自覚しているので、外からの批判に対して寛容に受け入れ対応するのに対して、例えば、スペイン人の場合、自分では自分の国、住んでる町、文化を批判をするものの、外からの批判は拒絶する(良く思わない)傾向があると言えます。何気なく、ポロッと出た『批判』でさえ、現地人(例えば、スペイン人)は見逃しません。ですから、まず一番気を付けなければいけないのは、批判と取られる言葉や態度を見せないと言うことです。現地人と良い関係を作るために必要な注意です。

さて、日本人に限らず、誰でも、『居心地の良かった』ところを基準にして「今居るところ」と比較し評価しがちです。比較するまでは、さして問題はないのですが、比較が評価につながると、『良し悪し』の判断になり、甲乙を付けてしまいます。国や文化、生活様式に、一旦、『甲乙』を付けてしまうと、その意識が態度や言葉の端々に出るので、他の人に分かってしまいます。現地人は、見ていないようで、良く駐在員の態度や顔色(表情)を注意して観察しています。更に、全然わからない日本語でさえ、聞き耳を立てています(耳に入っています)。

ここで気を付けなければいけないのが、日本人は文字を見ながら『目』で言語(日本語)を学ぶため、『音』を聞き分けるのが下手です。しかし、例えば、スペイン人の場合は、『音』で言語(スペイン語)を学ぶので、『音を聞き分ける能力』、また、『音を反復』する能力が日本人より長けていると言うことです。多分、日本語を習ったことのない現地人が、日本語で、「ちょと待て」、「参ったな」とか、「また明日」とかの日本語を言っているのを聞いたことがあるのではないでしょうか?その光景は、『和やかに笑いをそそる』ものと皆さんの目には映るかもかも知れませんが、実は、現地人が駐在員の人たちを気にして観察している証拠なのです。私の経験の中にも、日本語の『馬鹿』と言う言葉が原因で、スペイン人が怒り、侮辱されたと私に抗議をしに来たケースを覚えています。日本では、『馬鹿』と言う言葉は、色々なニュアンスで使われることがあり、一概に『侮辱』と決めつけられない場合もあるのですが、そのニュアンスの違いが分からない現地人は、『馬鹿』と言う言葉を聞き、自分が罵られたと思ったので、私に抗議したのです。ですから、態度や表情、そして、例え日本語で呟かれる言葉でさえ、気を付けることが重要です。

そんなことは、もう十分分っていると言われる駐在員の方々も、たくさんいらっしゃるかも知れません。しかも、スペイン(のバルセロナ)は、日本よりも、何処よりも過ごし易いから、この点は問題ないと思われる駐在員も多くいるかも知れません。しかし、「生活するには良いところだけど、仕事はやり辛い、なぜなら言い訳ばかり言って困る」とか、「気が利かない人ばかりで困る」とか、「行動するのが遅い」、「無責任」とか、口にしていませんか?もしかしたら、その言葉が態度に、そして、(能面と言われる日本人の顔ですが、)表情に表れていませんか?もし言葉や態度、表情にその気持ちが出ているなら、まさに、その言葉、態度、そして、表情は、『その国(駐在地)を愛していない、好きではない』証拠として、スペイン人には受け取られ、感づかれています。「愛している、好きだ」と言うことは、「なぜ言い訳ばかり言っているように聞こえるのか」とか、「なぜ気が利かないのか」、「なぜ行動が遅くなるのか」、「彼らにとって責任とは何を意味しているのか」とかを真剣に考え理解するように努めることです。そうすることで、『良し悪し(甲乙)』ではなく、「レスペクト(尊重)」すべき『違い』が理解できるようになります。そして、その姿勢こそ、「その国(駐在地)を愛してほしい、好きになってほしい」と言う現地人の願いに応える姿勢だと考えます。「そこまで出来ていますか?」が、「もう十分分っていると思われている駐在員の方々」に問い質したいことです。

駐在員の方々は、一つの赴任地に何年も長く居続けることはないので、現地人や現地採用日本人の人たちに『違い』を教えてもらう必要があるのではないでしょうか?

さて、ここで、「1.その国(駐在地)を愛してほしい、好きになってほしい」と言う現地人が駐在員にまず第一に求めることについて書き終えるにあたって、もう一度強調させてもらいたい点があります。それは、『カルチャーショック』です。実は、スペインに来る前にパプアニューギニアと言う国でボランティア活動をして来ましたが、ボランティア活動を発展途上国でする際の一番の注意点として『カルチャーショック』について教えられました。その教えは、「日本ならこうはしない」、「日本ならこうなるはず」、「だからダメなんだ」、と思い始めたら、『カルチャーショック』と言う病気にかかったと思えでした。そして、『カルチャーショック』にかかっていると自覚できれば、その病気は治ると言うものでした。つまり、日本と現地を比較し、『違い』を「レスペクト(尊重)」せずに、自分の価値観で見たものや聞いたものを決めつけて解釈してしまうことだと教えられました。多分、今は、日本人も色々と外国に旅行や仕事で出たり、テレビ番組や雑誌等色々なマスメディアでも海外が頻繁に取り上げられているので、海外についての知識が豊富で、海外に出てそれほど驚かなくなっているのかも知れません。ある意味では、『海外慣れ』をしているのかも知れません。だから、そのためなのか、『カルチャーショック』と言う言葉は、もう聞こえなくなっています。しかし、現実は、そんな今でさえ、私の経験から言うと、多くの駐在員の方々が『カルチャーショック』に陥っています。そして、問題は、私が三十数年前に注意されたのと全く同じで、『カルチャーショック』に掛かっていることを自覚していない人だらけだと言うことです。『カルチャーショック』は、『居心地の良かった』ところを基準にして「今居るところ」を「評価」してしまうことをから陥ってしまう病気で、「今居るところ」を愛せない、好きになれないようにしてしまう病気です。旅行や趣味の場合、愛する必要も、好きになる必要も根本的にはないので、『カルチャーショック』は問題にならない病気かも知れません。しかし、現地で仕事をしながら生活する駐在員がかかると大変な病気です。そして、質が悪いのは、多くの場合、病気にかかっている人は病気にかかっている自覚がなく、その病原菌を周りにも撒き散らしてしまうと言う点です。だから、とても危険なのです。是非、『カルチャーショック』と言う言葉を思い出してもらい、何事も「日本ならこうするはずだ」、「だからダメだ」と決めつけるのではなく、なぜ日本のようにならないかをしっかりと考えて、現地人(の良さ)を見つけ出し、認めるようにしてもらいたいと考える次第です。現地人を受け入れれば、必ず受け入れられます。これが、まず駐在員に必要な第一の鍵となる態度だと考えます。

是非、全てを受け入れる姿勢で、時としては、『痘痕も靨(あばたもえくぼ)』を実践し、『その国(駐在地)を愛してほしい、好きになってほしい』と言う現地人の願いに応じてほしいと考える次第です。

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