2021年2月25日(木)の ESDEN ビジネス・スクールでのインタビュー(ESDEN Talks(その1)

この2021年2月25日(木)に、スペインのビジネス・スクールESDENからインタビュー(ESDEN Talks)をされた際のYouTube 動画とその内容について、ここに掲示させて頂きます。

YouTube 動画のURL:  https://www.youtube.com/watch?v=I2xeb08CeVs&t=22s

 

インタビューのテーマは、 「日本から何が学べるのか?:生産手法を超えてところにあるもの」でした。

(質問 1)

出崎さん、こんにちは。今日は参加して下さって、本当にありがとうございます。さて、まず、『令和』と言う新しい時代の到来への祝辞を唱えさせて頂き、そして、日本における新コロナのパンデミック状況への質問、更に、もしご存じなら、オリンピックについてのニュースについてお尋ねして、このインタビューを開始したいと思います。

(回答 1)

こんにちは。こちらこそ、グティエレスさん、ご招待頂きありがとうございます。

はい、ご存じのように、天皇陛下が代わられたことで、『元号』が代わり、今年は、令和3年です。

私は、『昭和』生まれなので、『昭和』、『平成』、そして『令和』の3時代を生きていることになります。

『令和』の日本政府の公式な訳は、「Beautiful Harmony(美しい調和)」で、『人々が美しく心を寄せ合う中で、文化が生まれ育つ』という意味が込められています。個人的に、この元号の名称は、気に入っています。

さて、日本におけるCOVID-19パンデミックの状況についてですが、ここスペインと同じで心配な状況です。しかし、日本は、『心配性』の文化のために、幸運にもスペインやUSAのような多くの死者を出していません。(現在のところ、8000人以下です。)日本人は、もう過ぎてしまったことよりもこれから来ることに対して、とても心配をします。そのため、私たちの努力と対策は、対処と言うよりも予防に注がれます。『転ばぬ先の杖』と言うことわざが、その文化を良く物語っていると思います。

オリンピック開催についてですが、心では開催したいと思い、しかし、頭では開催できない、ないしは、開催するべきではないと、日本では多くの人が感じていると思います。IOC(国際オリンピック委員会)は、キャンセルはしないとし、どのように開催するかを考えているとしています。例えば、観客無しとか、減らしてとか、等々です。しかし、具体的な対策はまだなく、簡単ではない状況です。

 

(質問 2)

良くご存じと思われる日本又は日本の外に存在する日本企業について尋ねる形で、このインタビューを続けさせてください。(さて、日本企業は、)ここ直近数ヶ月、パンデミックにどのように適応していますか?その適応例を話してくださいませんか?

(回答 2)

マスク着用や、間仕切り、リモートワーク等、推薦される全ての対策を採ってきていますが、その意味から言うと、日本の会社だからと言って特別の対策は打ってはいません。多分、違いがあるとすれば、『どんな対策』ではなく、『どのくらい守っているのか(どのくらい効果があるのか)』の違いだと思います。

西洋文化に対する日本文化のアドバンテージは、「人を思いやることが自分の利益になる」と言う暗黙の認識の存在です。例えば、マスク着用に関して言えば、確かに、『感染を防ぐ』ためにマスクを着用していると言うのは、その通りです。しかし、日本的感覚は、感染から身を守ると言うよりも、他の人を感染しないと言うものです。 なぜならば、周りの人が感染していなければ、ウイルスを拾うことがないからです。従って、他人のために何かをすることは、私たち自身の利益になると言うことです。ある意味では、数分前に話したことと同じです。『もう過ぎてしまった』ことよりも『これから来る』ことを考えるのです。

ご存じの通り、この病気は、咳、くしゃみ、又は、話をする際に、主に感染拡大しますよね。それならば、もし感染から身を守ることを考えるだけでマスクを着用するのなら、話を少なくする(短くする)ような考えは決して浮かびません。違いますか?しかし、もし他の人を感染しないと考えるのなら、きっと話を少なくする(簡潔に話す)ように努めると思います。多分、ここに違いがあるのでしょう。

考えてください。良いですか。また、『自ら』の感染防止だけをベースにマスクの必要性を説いた場合、例えば、「したくない」とか、「効果があるとは思えない」とか、等々、常に個人的な問題が出て来て、そして認識の個人的な差が顕著化します。しかし、もし他の人を感染しない必要性を説いたとすれば、違う考えを持つ人たちを一緒にする共通の約束事(決め事)、ないしは、目標が見出せます。

つまり、鍵は、日本の社会、あるいは、特に、日本の会社では、個人的な違いを超えた共通の約束事を見つけるように努めていると言うことです。そして、その約束事(目標)を表現するのに、『ベクトル』と言う言葉使っています。

ベクトルは、力の異なる方向をコーディネートした上での一つの結果です。唯一の『道』ではありません。この些細な点に注意を払ってほしいですね。皆さんの多くの方々が信じていることとは逆で、日本の会社は、そのような違い(個人の違い)を根絶しようとはしていません実は、それらの違いをケアーし、利用しようとしています

質問から逸れてしまって、申し訳ありません。とにかく、全員の約束事(目標)を探すことが、今回のパンデミックでも、社会、そして同様に、日本の会社における鍵となっています。そのため、対策遵守レベルが、多分、 西洋の国々に比べて日本では高いのかも知れません。

 

(質問 3)

一般論から各論に入る形で、もし許してもらえるなら、出崎さんは、とても日本的と思えるので、多くの経験を培われている分野、すなわち、『文化の違いと日本企業の経営モデル』に対してインタビューを進めさせてください。この意味から、日本と西洋で思考回路に違いは存在するとあなたは思われますか?いくつか具体的な例を挙げてくれますか?

(回答 3)

はい、違いはあります。ちょっと前に、『転ばぬ先の杖』と言うことわざを述べましたが、覚えていますか?では、もう一つお教えします。『石橋も叩いて渡れ』です。その意味は、『大丈夫と思っても、更に確かめる(念には念を入れる)べき』です。

これらのことわざを聞くと、何のために?と思われるかも知れませんね。例えば、「未だ転んでいない」とか、「石橋なので、(渡るだけでは)倒壊しない強度がある」とか、思われるかも知れませんね。しかし、日本人は、本当に、『未だ起こっていない』のに、心配を馳せます。

確かに、『治すよりも予防する方が得』と言うスペインにも似たような格言があります。しかし、パンデミックについての話をしながら少し前にお話したように、日本には『心配(用心)性』の文化が深く根付いています

また、日本人とスペイン人の違いについて話をする際、語っておきたいもう一つの重要な事実があります。それは、日本語を使うが故に、日本人には『違い』に対する鋭い感性が培われていると言うことです。 例えば、日本語の『大』、『太』、『犬』の文字です。

これらの文字は、点があるか、ないか、そしてその点の位置が、どこかを除いて同じです。つまり、日本人は、詳細、例えほんの些細な違いであっても、注目することを強いられています。ですから、日本人が皆さんよりも多くの違いを『目視的に』察知すると言うことは、証明された事実です。

皆さんが日本を訪れられると、そこら中に絵で描かれた宣伝の看板やサインが目につくことでしょう。レストランでさえ、そうです。(皆さんもご存じの樹脂製の食べ物の模型です。)なぜでしょう?なぜなら、社会がその目視的な能力を有効利用しているからです。そしてそこから、『目で見える管理』(トヨタの看板方式もその一例)とか、『変化点管理』とか、の手段を用いたマネージメント(経営管理)の概念が生まれたと言えます。

言い換えれば、私の考えでは、日本の思考回路は、違いを察知する高い能力でのリスク・マネジメント』をベースにし、それに対して、スペインの思考回路は、『素早く』即座に対応する能力による結果マネージメント』にベースを置いていると言うものです。つまり、日本人は、リスク(未だ起こっていないこと)をとても心配するのに対して、スペイン人は、結果(起こったこと)を心配すると言うことです。

例えば、「PDCA」が「マネージメント(経営管理)」のためのとても価値ある作業トゥールだと、誰もが知っています。しかし、スペイン人は、それを使いこなすのに苦労しています。なぜでしょう?

なぜなら、まず、このスキームには、『R』、Result、結果がありません。従って、退屈してしまいます。(方法に興味が持てないのです。)(『R』の)代わりに、『C』、Check、チェックが存在しますが、これまた、その行為(チェック)も、馬鹿げているように思えて好きになれません。と言うのも、自分なりにベストと思えることをやっており、もし上手く行かなかった場合、もう既に、即座に対策を取っているからです。ですから、この行為(チェック)に慣れていません。そして、皆さんは、『C(チェック)とA(Action、アクション)』を一緒に行っています。

しかし、少し誇張した言い方になりますが、(日本的スタイルは『リスク』をベースとしているので、)日本人は「」成し遂げたことをそれほど重要視せず、むしろ、出来なかったことをとても重要視します。なぜならば、達成できなかったことが、『将来』の脅威又はリスクになるからです。従って、日本人は、C(チェック)』と『A(アクション)』を、別々に、しっかりと、やらなければならないと考えます。 

勿論、『P(Plan、プラン)』についても言い忘れることはできません。スペイン人にとって、理解し難く、多分、一番嫌がられている部分だからです。と言うのも、日本人が行うように、とても詳細に、尚且つ時間を掛けて計画する必要性が見出せないからです。計画は、スペイン人にとってスケッチないしはガイドに過ぎないのに対して、日本人にとっては、「完成図」ないしは起こったことを確認するための「教科書」と言う違いです。そういう理由で、『P(Plan、プラン)』は、スペイン人によってしっかりと実践されないのです。

これは、もったいないことです。と言うのは、ここに宝が隠されているからです。このトゥールを使えば、『マネージメント(経営管理)』の飛躍的な向上が見込め得るからです。

まあ、確かに、誰もしっかりとこの手法を(スペイン人に)教え切ってはいないのも事実です。

 

(その2に続く。)

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